会長のコラム 170
11月、やっと涼しくなったと思いきや、何と秋を飛ばして冬になってしまった。
今月は、ウイーン国立劇場の公演が二演目、新国立劇場のオペラが二演目、恒例の高輪オペラの会、神奈川フィル定期演奏会、音楽評論家の加藤浩子さんの主催するバッハツアー同窓会が、予定されており、芸術の秋さながらと言う状況でした。
11/11日は、冷たい秋雨が降る寒い朝でした。身を縮めての行動が悪かったのか、自宅表玄関の階段で滑って転んでしまい、脊柱管狭窄症を患っている部分は転ぶ瞬間に避けて無事でしたが、瞬間、動けなくなり往生しました。年を考えての行動に改めて要注意。
オーディオ誌による新商品の受賞結果が発表されました。当社の商品として、メインアンプのMA-2000が、我々の狙い通りステレオサウンド・グランプリを受賞しました。本器の特徴は、WE-300B のパラシングル25W/8Ωのパワーを有し、当社の回路設計の鉄則、3極管シングルNON-NFB回路の採用が売りであります 。この方式について世間では、DF値が低いので低音のドライブ力が弱いと言うご意見について前号にてご紹介しましたが、この方式による商品化には、高品位パーツの使用や高度な設計技術、そして組み立て技術等が必要で、コストパフォーマンスを追う人達には実現出来ないことです。我々の設計ポリシーであり、我々が主張する「シンプル イズ ベスト」の実践を試み、商品に反映した結果に他なりません。
ただ、パワーレートに余裕のある真空管回路とは言え、出力電力は25W /8ΩですからPA( 選挙演説用途などのパブリック・アンプの意)的使用には問題があります。しかし、ハイエンドオーディオの用途に限るなら、当社の30畳ほどの試聴室でJBLエベレストはパワー不足どころか、何処よりもより優れた音で吠えています。ステレオサウンド社のグランプリ受賞、アナログ誌のアナロググランプリ2017受賞などがその証と言えましょう。
また、新商品のフォノ・カートリッジPP-500は、PP-2000のCP化を目指しながらも各誌にて優れた商品に与えられる賞を獲得しています。
今月のコンサートライフです。
この秋は、幸運にもワグナー/ワルキューレを2ケ月続けて観劇しました。コラム169にてご紹介した新国立劇場の公演が10月、そして今月は、ウイーン国立歌劇場公演の東京文化会館での観劇でありました。どちらも素晴らしい演奏でしたが、それにしても同じワグナー/ワルキューレでこれほど違う感激を受けると言うことは、芸術作品ならではと言うことになりましょう、違いを一口で言うと新国立劇場はバイロイト風。文化会館のウイーン国立歌劇場は、ウイーン風と言うことと理解しました。バイロイトの演出は奇抜な事で有名でありますが、新国立劇場のものはそのようなことは無く、オーソドックスな演出でしたから、その面での違いはなく、音楽の表現と言うか演奏がまるで違います。地底から響く低音をイメージする所謂バイロイト風が新国立劇場であり、ウイーンフィルはこの点の拘りは無く極自然にあっさりと演奏しており、我々がバイロイトからイメージする「これぞワーグナー」と言う表現ではありません、弦の音色は、ボヘミアンをイメージする「揺れ」などが何時ものウイーンフィルの風を感じるものでした。
違う切り口から聴きこんでみると、東京フィルハーモニーの演奏は、聴き手に緊張をもたらし、鳥肌を伴う緊張の連続、終演後は軽い疲労を伴う満足感で癒されました。一方のウイーン国立歌劇場の演奏は、バイロイトのイメージからすると、牙を抜かれた穏やかなワグナーを感じつつ、これから始まる長大な物語の凄さを予告する深遠なる手法と詠みました。両者ともに素晴らしい公演を堪能させてもらいましたが、それにしても、ウイーン国立歌劇場の公演チケットは高価過ぎです。現地に行くことを考えると安いのかも知れませんが、私としては、短期間に異なる歌劇場の鑑賞経験が出来たのは何物にも変えられない貴重な経験でした。
さて、このウイーン国立歌劇場公演、11月9日水曜 東京文化会館にて15時開演で行ってきました。指揮がアダム・フィッシャー、オペラ指揮者として定評の人、当然バイロイトでの定番指揮者でもあります。出演歌手陣は、良くも揃って来日してくれたと思う大物揃いで、ジークムント役がクリストファー・ヴェントリス バイロイトでの定番テノール歌手です。ジークリンデが、ぺトラ・ラング、この人もワグナー歌いのソプラノ歌手で、世界的な注目を集めているひとです。と言う具合に全てウイーン国立歌劇場が揃えた世界的な歌手陣であります。そしてオーケストラはウイーン国立歌劇場管弦楽団、別名ウィーンフィルハーモニーでありました。
11月6日日曜 12時開演で音楽評論家の加藤浩子さん主催のバッハツアー同窓会と言うのがアイビーホール青学会館で行われ行ってきました。当日は、古楽器演奏家でNHK-FMのバロックの時間などでお馴染みの寺神戸さんが楽器を持っての講演が行われました。解説かたがたバイオリンを演奏しながら、楽しい贅沢なレクチャーでした。
来年の4月は、宗教改革記念の行事があるとの事で、加藤浩子さん企画の毎年のバッハツアーに加えてのツアーが企画されるとの事、これは是非行ってみたい、先ずは体調次第と言うことになりましょう。
11月15日火曜 ウイーン国立歌劇場公演のモーツアルト/フィガロの結婚に横浜の県民ホールに行って来ました。ウイーン国立歌劇場にとってこれ以上の十八番公演は無いでしょう。
当日の指揮が、リッカルド・ムーティー、伯爵役がイルデブランド・ダルカンジェロのバスバリトン、このひとはオーストリア宮廷歌手の称号を持ちウイーン国立劇場とは常連の関係であり、現在求められる最高のキャストと言えましょう。伯爵夫人役が、エレオノーラ・ブラット、指揮者のムーティーは歌手の選定に拘るひとで、そのムーティーのモーツアルト公演に良く出演するソプラノ歌手です。私の若かりしときに聴いた、ソプラノ歌手ヤノービッツの伯爵夫人を改めて思いだしました。そして、スザンナ役は、ローザ・フェオーラ、数々のコンクールで優秀な成績を収めているソプラノ歌手で、やはりムーティー好みの歌手で有りましょう、ザルツブルグを始めとしヨーロッパを主に活躍している人です。
会場の神奈川県民ホールの音響は、良くないと言われますが、こと、オペラ演奏時のオーケストラピットでのオケ演奏は悪いどころか良い音の部類であり、当日の公演も今求められるモーツアルト・オペラの最高公演に相応しい音響でもありました。このホールは如何いう訳かオーケストラが舞台に上がって演奏すると、額縁の中の演奏と言う感じになってしまうのです。それが、オケピットに入ったオーケストラ演奏となると全く別の会場と化すから、音の正体を理解するのは難しいです。来年は、このホールを修理するそうで1年間ほど休館となるそうです。
我々「音」を商売にする者にとって、コンサートに行かないオーディオファンと称する人たちほど厄介な人種はいません。その様な人に限って、知ったような大声を出し、知ったような大口を叩くから、余計にオーディオの「音」は厄介なものになります。食べ物の「旨さ」に数値が無いのと同じように、オーディオの「音質」にも数値は有りません。厄介の原点はここなのですが、これが人間の感性であり、ファジーの原点であり、だからこそ、ここに哲学が存在する所以と思うのですが如何でしょうか。
当日の県民ホールは、午後3時開演のマチネで、終演が6:45でした。夕食に好都合の時間であり馴染みの馬車道の寿司屋には地下鉄で一駅、若い時期は歩くのに良い距離でしたが、今はそうはいかない、面倒だと言う事で近くの有名なローストビーフの店に期待しつつ入ってみました。この店、スタッフが多く高級を装っていますが、何かが噛み合わない、確かにローストビーフは美味しく頂きましたが、ワイン、前菜、そしてサーブに問題ありで、全体のパフォーマンスは「いまいち」と言うところでありました。
11月17日木曜 19時開演で新国立劇場にプッチーニ/オペラ「ラ・ボエーム」の観劇に行ってきました。指揮がパオロ・アリヴァベーニ、この人はベルギー王立歌劇場の音楽監督を務める傍ら、ニューヨークメトロポリタン、ヨーロッパの主だった歌劇場で活躍している人で、イタリア作品のスペシャリストとして高い評価を受けている人です。そして、オーケストラが東京フィルハーモニー交響楽団。
当日のキャストは、ミミ役がアウレリア・フローリアン、イタリアの主だった歌劇場でタイトロールを演じて活躍しているソプラノ歌手。ロドルフォ役がジャンルーカ・テッラノーヴァ、このひともイタリアを主に活躍しているテノールで、ヴェローナ野外劇場での代役がチャンスで成功した人です。ヴェローナでデビューと言えばドミンゴ、岡村喬生などがそうでした。マルチェッロ役がファビオ・マリア・カピタヌッチ、スポレートのコンクールで優勝しスカラ座研修所を経由し現在はイタリア各地の劇場でタイトロールを演じ活躍しているバリトン歌手。この3人が外国人で、ムゼッタを演じた石橋栄実、以下すべて日本人でした。
このオペラは、「ザ・イタリア・オペラ」と言える作品であり、私も若い時期夢中になったオペラです。最近こそ観る機会は少なくなりましたが、本当に良くできたオペラ作品と思います。特に、プッチーニはトスカニーニより6歳年上の同時代人でもあり、お互いに才能を認め合いこのオペラの初演もトスカニーニが振ったと言われています。そして、随所にトスカニーニの改善意見を取り入れていると言われており、素晴らしい作品に昇華して行ったものと思います。私も観慣れた作品でしたが、やはり涙する場面では昔ながらに感動が得られ、観るたびに感動を覚えるオペラです。
当日は、ウイークデー(木)の初日公演で、仕事を持つ観客が優先なのでしょうか、開演時間が19:00で、終演が21:45予定、カーテンコールを入れるとほぼ22:00になります。如何いう訳か普段から贔屓にしている京王プラザが当日は満室で、自宅に帰宅するのですが、自宅到着は23:00、ワインとバケットの粗食で就寝がAM1:00でした。オペラ鑑賞も年齢とともにキツく、仕事を持つ方は明日の仕事が心配です。色気のない現実ですが、若い時期には私も苦労しました。
11月18日 金曜 19時開演で神奈川フィル定期演奏会に行って来ました。指揮が秋山和慶、この人は小沢征爾と同門ですが人的関係は全く知り得ません、若い時期は東京フィルに40年もの長い期間、音楽監督、常任指揮者を務め、その後海外特に北米で活躍してきたひとです。当日の演奏曲目は、前ステージが武満 徹の3つの映画音楽、伊福部 昭のヴァイオリン協奏曲2番、そしてヴァイオリンが加藤 知子でした。この加藤 知子さんは、47回日本音楽コンクール1位受賞、桐朋学園大学卒業後1981年にジュリアード音楽院に留学、現在桐朋学園大学教授を務められています。しかし、私の知る限りサイトウキネンオーケストラには参加された様子は有りません。
当日の前ステージの演奏曲目は、定期演奏会ならではの選曲であり、興味深く聞かせてもらいました。そして、後ステージのチャイコフスキー/交響曲第4番は、聴きなれた初心者好みの曲でもあり、名演奏と言われるレコードがキラ星のごとくに存在する曲であります。しかし、聞き手の私との気合いのすれ違いによるものか、何かスッキリしないものが残る鑑賞後感でありました。
11月27日 日曜 14時開演で新国立劇場にて、ロッシーニ/オペラ「セビリアの理髪師」に行って来ました。当日のキャストは、アルマヴィーヴァ伯爵、ロジーナ、バルトロ、フィガロの主役どころ4人が、今ヨーロッパで活躍する中堅どころの歌手で、役に合った容姿、声などがぴったり、ドン・バジリオの妻屋秀和以下すべて日本人歌手でした。そして指揮が、フランチェスコ・アンジェリコ、オーケストラが東京フィルでした。
当日の公演は、なんと言っても演出が素晴らしく、キャストがその役に馴染んで素晴らしい作品に昇華していたことです。何度も観ているオペラにも拘わらず、韻を踏んだ早いギャグの応酬場面などの字幕表示が適切で、改めてこのオペラの素晴らしさを認識しました。
当日は、ビデオの収録をしており、DVD化か放送か、再度鑑賞の機会がありそうです、その時は是非お見逃し無く、私からの絶対のお勧めです。この作品は、新国立劇場ならではの最良の作品と思います。
また、プログラムには音楽評論家の水谷彰良が多くのページを割いた解説があり、とても参考になりました。1979年にロッシーニ財団が設立されるまでは公演の度に原曲が書き換えられたと言います。そしてバリトン歌手のレオ・ヌッチはフィガロの役を1967年のデビューから40年間に1000回以上演じ、レオ・ヌッチによってフィガロ像が形成されたと言うことです。「セビリアの理髪師」に付いて、私の印象に残ることは、テレサ・ベルガンサとべッセリーナ・カサロバのロジーナ像が強烈で、オペラ鑑賞は歌唱に終始するミーハー的感覚でありました。改めてオペラの見どころを教えて頂きこれからの観劇に大きな喜びとなりそうです。
と言う事で、今月は些かくたびれました。もう少し公演が程よくバラけるとハッピーなのですが、これだけは緻密に計画するしか術はないでしょう。