会長のコラム 063
暑い季節は、定期演奏会はもちろん休みで、その他の主だったコンサートも殆どお休み状態です。
せめてクーラーの効いた部屋で音楽でも聴いて過ごそうと思うのですが、何か不健康な気がするのも都会の夏。そんな暑い最中、東北方面のスーパーオーディオマニアのお宅を訪問する機会に恵まれ、貴重な体験をしてきました。
将来、技術が如何に進化しようとも、オーディオ機器によって原音が再生されるような事は無いと思っており、オーディオ機器に出来ることは、如何に「それらしく」再生するかと言う事に尽きると考えます。そう考えると、「らしさ」とは何かと言う事になるのですが、これがまた大変厄介な事でして、その人の音楽に向き合う姿勢とか、その人が音楽に接して来た経歴のようなものによって左右されると言う事になるでしょう。ですから、「再生する音」はその人の音楽に対するスタンス、大げさに言うと人生の一端の様なものを表していると言っても良いでしよう。この考えは、私自身のオーディオ暦に比例して益々思いを深くしております。
お訪ねしたスーパーオーディオマニアのお宅ですが、この方のお持ちの機器が桁外れに豪華であり、中でもメインシステムは私も初めて拝聴させて頂くものでした、スピーカーがアンペックスのダブルウーファーホーンとJBLの砲金製の蜂の巣ホーンにJBL375ユニットから構成されるものでした。このアンペックスウーファーシステムは、JBL草創期の劇場用で、アンペックス社へのOEMシステム品です。
このメインシステムの他に、オーディオ機器の名機として名を轟かせるJBLのパラゴンのシステム、ハーツフィールドのシステム、最新のJBL66000のシステム、WEのダブルウーファーホーンを中心にしたシステムなどをお持ちで、全てが何時でもベストな状態で動作するように整備されていました。
ご自身が特に「気」を入れてチューニングしておられるのが、アンペックスのシステムで、何枚かのジャズの名盤を聞かせてもらいました。この方は特にジャズに対しての思い入れが強く、ジャズは「こうあるべき」と言う強いお考えをお持ちです。そのような方ですから、お持ちのジャズの名盤LPもことごとく原版でお持ちになっていました。
私もこの様な豪華な視聴室(石井伸一郎氏設計)でこれだけの大型システムを聴くのは初めてです。この音は流石に凄かったです、レコードの演奏内容と機器の特性がマッチした時は「はっ!」とする思いで、暫く我を忘れるほどに原音を彷彿とさせられるものであり、それは恰も拡大鏡で観察するのに似ていて、「あばたも笑窪」と言う訳には行かない鋭い表現力でありました。
話は変わって、有名なジャズ喫茶、一関の「ジャズ喫茶ベイシー」はここから車で一時間半ほどの距離ですから、行かない手はありません。そんなことで、幸いにしてほぼ同時にこの究極と思われるシステムと、ジャズ再生の評判のお店の音を聴くことが出来、大変ラッキーな事でありました。
ジャズ喫茶ベイシーのオーナー菅原様は、ビックバンドのドラマーとして活躍されていた方ですから、ジャズに対する感性は素人がとやかく言うレベルでは有りません、その方が精魂込めて作り上げた「音」ですから、芸術の域に達した音と言って良いでしょう。
私もジャズを聴きますが、音楽の魂を聴くと言うレベルの聴き方ではありませんので偉そうに言う資格は有りませんが、「ジャズ演奏のナマって何だろう」と常々思うことがあります。それと言うのは、狭いライブハウスでも、PAを使うからです。
冒頭に言いましたように、「らしさ」を求めるにもPAが生と言う、基準も在りうると言う事なのでしょうか、このソフトは生より良いCDだとか、ライブ演奏中にもっとPAを利かせてくれないか、などと言う信じられない話が出てくるのもジャスファンの心理であると考えるならそうなのでしょう。
話は前後しますが、私もシュアーのV15タイプⅢと言うカートリッジが永い間名機として活躍した現役の時代を知っておりますが、その当時は私自身の仕事が大変でオーディオどころではなかった時代でした。それでも、タイプⅣが画期的優れたアイディアとして絶賛されてデビューしたのを覚えています、そしてそのニュースに惹かれてタイプⅣを購入しましたが、その後生活に余裕が出来るまで塩付けにしておいた経過があります。
その後、光悦の菅野さんとお付き合いするようになって、このタイプⅣの特性が私にとって意味の無い代物であることが分かり、タイプⅢより優れているはずのものがこの程度だからタイプⅢは押して知るべしと、勝手に決め付けてMCタイプのカートリッジ開発に没頭していたわけです。
しかし、ジャズマニアの方々は必ずと言って良いほどにこのタイプⅢをお使いになっていますし、東北方面に行った折にもこのタイプⅢを散々聴きました、遅きに失しましたが、私の先入観から来る勉強不足も相当なものであったと気が付いた次第です。
早速盆休み中に、銀座のスイングシティーに行ってみました。出演していたのがサックスの堤智恵子とトロンボーンの池田雅明で、そのバックを勤めるのが、ピアノの山本剛、ベースが香川裕史、ドラムが八城邦義と言う最強メンバーでして、ドラム以外は全てPAをしっかり使っており、使用しているPAはJBLでは無くてボーズでしたが、なんと、シュアーV15タイプⅢの匂いを感じるではありませんか。
ジャズマニアが選ぶオーディオ機器は、有名ジャズ喫茶のシステムやキャリアのあるマニアの方々に倣っているのではないか、と思うほどに皆さん同じようなビンテージ機器を使っています。それが好きで自分の「らしさ」はこれだと言われればそれまでですが、ジャズにおけるオーディオ論争が激しい理由も判って来た気がします。これはもう、良し悪しの世界ではありませんで「らしさ」を認めるかどうかの世界であります。
クラシックと謂えども「生」には色々あります。生を基準にしてはいけないと言う意見も真実です。しかし、生を聞かないマニアは信用出来ません、クラシックでのPAはご法度です。そのクラシック音楽をメインに聴いている私、そしてオーディオメーカーを主管する私としては、「趣味のオーディオ」に付いて改めて考えさせられる機会であり、多いに勉強になった次第です。
今では、当社の視聴室にもシュアーV15タイプⅢプラス針VN35Eを常設しました。しかし、これは私の思いとは別ものです、この問題は、機会を改めて再度とり上げたいと考えています。