会長のコラム 204
8月のコラムです。
8月9日から18日迄の10日間、世間並みに夏休みを取らせて頂きました。
毎年8月は、コンサートも少なく、馴染みのレストランも休む店が多く、オーディオと読書に励むべく、クーラーにあたって、思索に専念、有意義な時間を過ごしました。
始めに、技術の話をしましょう。最近CD 再生用のDAC の進化が目覚ましく、CDの音質改善が進んでいます。これは、主に海外商品に見られる現象で、すべてが桁外れの高額商品であります。この分野にも国産品が現れ、なんと、価格帯まで海外商品並です。果たして、その性能は如何か、デジタル・オーディオに付いて知る範囲、差し障りの無い範囲でお話しします。
現行のCD フォーマットは、未熟なままにスタートしてしまい、結果として市場にDSD やハイレゾと言った、配信ソフトが出回るようになりました。それらの物理特性は、現行CD フォーマットを遥かに超えた優れたものになっていますが、桁違いの大容量データーを扱うわりに、それ相当の音質改善の効果は伴っていないと感じます。加えて、コンピューターを自在に使いこなさないと、データー整理に時間を取られ、怠ると利便性の悪いアーカイブと化します。大容量が過ぎるので、パッケージメディアには成り得ない、だから配信と言う事情も認識しておくべきです。
CD フォーマットの何が悪いのか、それは一言で言うなら「位相変移」と言えましょう。音楽の周波数帯域が20kHzとして、デジタル化のサンプリング周波数を44.1kHz に設定したことです。音楽信号の上限を20kHzとすると、デジタル化の為の44.1kHzはノイズと化し、これをシャープなフィルターで切る必要が有ります。急峻なロール特性のフィルターで切るので、可聴再生帯域での当然位相変移が生じます。それを嫌って、オーバーサンプリングなるものを行うのですが、この辺りが音質再現性に大きく影響するものと考えられます。
この1件を見ても、デジタル・オーディオ信号のアナログ変換に問題を孕むことが想像出来ます。デジタル化されたオーディオ信号は、アナログ変換をしないままに利用する、計測作業には全く問題無く、我々世代の技術者にとって、実現不可能と思っていた理論が実現する夢の世界なのです。それが、人間の耳に受け入れられるべくアナログに変換する時に、元の音楽再生とは全く別な現象を起こすのです。
人間が音の方向を察知する時、左右の耳から受ける音圧と位相の差から方向を認識する現象は、生理学でも物理学でも証明され、一般的にも既成の常識論となっています。
オーディオ機器の周波数特性と言うと、音圧レベルに付いて言うのが一般的ですが、実は位相特性が重要であるにも関わらず、評価の基準として気にされない傾向があり、一部の専門家でさえも「位相は無視」と公言する方も居られます。と言うことで、物理特性と言うと、音圧特性だけを意味する事になり、物理特性と音質は必ずしも一致しない、などと言われる間違った理屈が独り歩きする所以と考えます。
過去に、音場補正器なるものが市場に出回りましたが、今では廃れました。理由は単純で挿入すると音が死ぬ、ベールが掛かる、等々でした。当時の商品は、位相変移を無視し、よって生ずる音質問題を理解出来ていなかったのです。
趣味の世界には、好きか、嫌いか、それだけ。と言う人が、多かれ少なかれ、居られます。しかし、何故にステレオ再生なるものが世に出て来たか、やはり、生音楽への「らしさ」を求める「音楽有ってのオーディオ」、この原点を思うなら、位相変移を無視してはなりません。雷の音、蒸気機関車の音、ガラスの割れる音、等々、これもオーディオであることに異論は有りませんが、私にはそれを対象にするほど時間の余裕は有りません。
今月の音楽ライフです。
8月14、15日 毎年恒例の帝国ホテルのジャズ・フェスティバルに行ってきました。今年の呼び物は、ベニー・ゴルソンの出演で、テナーの演奏を聴くことのようでした。しかし、今年90歳とのことで、昔の演奏力を求めるのは無理と言うもの。杖を突きつつ椅子に座っての舞台姿が、乗ってくると、曲がった腰で半立状の演奏姿勢となる、その姿は何とも痛々しい。ご尊顔を拝見すると言う価値も有るでしょうが、それを求めに帝国ホテル迄行くのは勘弁でありました。
90歳の出演者と言えば、ピアニストの秋満義孝は、持ち前のスイング奏法に衰えは見せず、
我々世代に活力を与えてくれ、フェスティバルの重鎮として頑張る姿は、些か痛々しくもありましたが、元気を貰いました。
重鎮と言えば、1939年生まれのベース奏者の荒川康男、1932年生まれのサックス奏者の五十嵐明要、そして一世を風靡した歌手であり俳優でもあるミッキー・カーチスが、フェスティバルを沸かし、会場を盛り上げていました。その他、山下洋輔カルテット、コーラスのサーカス、日野皓正、伊東ゆかり、今陽子などが、ゲスト出演と言う形で出演しおり、ジャズ・フェスティバルならではの演奏を披露し、楽しませて貰いました。
毎年、中心的な存在の前田憲男が、昨年11月に83歳でご逝去と言う事で、何かと寂しさを感じるコンサートでしたが、昨年と同様の秋満義孝、荒川康男、五十嵐明要、若手のビブラホーン奏者の宅間善之、そしてドラムの奥田で構成する、往年のスイング・コンボを彷彿とさせる演奏、メイン会場を離れ、緩いPAの下での演奏は鳥肌ものでした。
その他、意外に良かったのが伊東ゆかりで、「小指の思い出」と言う曲がブレイクして大衆に膾炙しましたが、この人は、少女時代に進駐軍クラブの歌手として鳴らした人だけに、当日はこの懐かしの進駐軍ジャズをフルバンドのバックで歌ってくれ、我々世代(私83才)は、実に楽しい思いをしました。
このジャズ・フェスティバルは、スインギー奥田こと奥田英人の率いるフルバンドのブルースカイオーケストラが中心であります。奥田英人は故奥田宗宏の息子で、父親のオーケストラを継いでおり、結成80年で、世界一とのことです。奥田は、このフェスティバルのプロデューサーを務めており、バンドのドラマーとして、指揮者として、一人何役もこなし、バランス感覚の優れた人と察しました。
私、このフェスティバルに3年続けて行きましたが、今年は過去に比べて少し堕ちたとの思いが走ります。特にメイン会場のフル・オケは、現在では大変貴重な存在で、この演奏を目当てに行くようなものですが、残念なことに、メイン会場のPA はフル・オケの良さを覆うものがあり、加えて、ボーカルの音質がうるさく感じる、などの不満が募るものでした。
8月24日14:00開演でみなとみらいホールに、神奈川フィル定期演奏会に行ってきました。
例年ですと8月の定期演奏会は開催されなかったのですが、今シーズンの始まりが何故か5月からと言うことで、1ケ月遅れでスタートした為と思います。
演奏曲目が、ベートーベン/交響曲6番 田園が前ステージ、後ステージが5番 運命で、指揮が小泉和裕でした。定期演奏会としては珍しい組み合わせで、私もこの2曲を生演奏で聴くのは前回が何時であったか記憶にありません。学生時代、NHKの実況録音に往復はがきで応募して、喜び勇んで行った記憶が蘇ります。
この選曲は、指揮者と楽団員による聴衆への直球勝負のようなもの。耳の肥えた定期会員相手であります、カラヤン国際指揮者コンクールで1位入賞し、世界で活躍する小泉和裕の仕掛けでしょうか。素晴らしい、名演でありました。
過去に名演なるレコードが多い曲です。当然の事ですがオーディオで聴くのと、生演奏とでは、別世界の聴き応えで、アッと言う間の時間経過に驚きでありました。
土曜の午後のマチネコンサート、夕食の予約時間まで少し時間があり、丸善書店で時間を潰すのですが、この優雅な時間を持つ幸せは、いつまで続けられるのか。歳を考え、国際情勢を考えると、やり切れない複雑な思いに至ります。