会長のコラム 270
’25年3月のコラムです
米国のトランプが大統領になって、世界の平和状況は如何なるのか、新聞紙面を埋めている今の話題であります。我々オーディオを事業とする者にとって、平和である事が絶対条件であり、戦争イメージは文化に携わる企業にとっては死活問題です。
今年の5月には、ドイツのミュンヘンにてオーディオ・ショウが予定されています。ここミュンヘンは、経済面でも大きな試練を受けて居り、加えてロシア・ウクライナ戦争への支援等にも手が抜けない、ドイツに関わらず、ヨーロッパ諸国は決して平和を享受できる環境ではないようです。
オーディオ業界のみならず、文化に携わる業界が、「い」の一番に受ける試練の社会環境が戦争ムードでしょう。と言うことで、5月に開催される、ミュンヘン・オーディオ・ショウは目が離せないのです。
当社もここに出展を予定しています。我々のパッシブ・プリアンプのCM-1500、そしてステレオアンプのSA-1500に付いては、国内で各種の賞を総なめしています。ミュンヘン地元業界でも期待されており、国内外ともに関係者からの期待は大きいのです。しかし市場環境から、得られる関心は難しいと言えましょう。オーディオ・ショウに如何影響するのか、我々事業継続に影響は無いのか、心配と期待の入り混じった難しい状況に至っています。
今月の音楽ライフ
3月4日 14時開演で新国立劇場にオペラ「カルメン」に行ってきました。
今シーズンの「オペラ・カルメン」をどう評価するか。カルメンと言う女性と人気闘牛士の恋物語の一側面を音楽と言うオブラートで物語化したと私は認識しています。だとすると、当日の演出は「遣り過ぎ」の感じが拭えません。
衣装が背広であり、女性たちも現代風のファッションの下、音楽はビゼーそのものです。闘牛士に背広は頂けません。この点について、解説書にはいろいろとご節が述べられています。しかし、オペラを楽しむ者にとって、お伽の世界を求め、日常生活とかけ離れた、非日常の転換を求めて足を運んでいるのです。哲学的真理状況を求める芸術家も居られるでしょうが、私は日常生活から離れた、心の癒しを求めてオペラを楽しんでいます。
演出家と言うプロの世界、敢えてその世界を求める上級オペラファン等、我々、非日常を求めてのオペラ鑑賞、色々議論はあると思いますが、私には些か未消化なものでした。しかし演奏は確かなもの流石と言うものでした。
追記
悪い事に、当日の夜の天気予報は降雪でした。天候は悪いものの、雪は有りません、それにも関わらず、有料道路は午後3時から全て通行禁止、当然の事として一般道路は壮絶なる渋滞、帰宅に4時間かかり、結局降雪はなし、終演後の食事も抜いて帰宅時間を稼いだのですが、無駄な行動で踏んだり蹴ったりの散々な目に会い、老体に厳しい試練でした。
3月8日 神奈川フィルのみなとみらいシリーズ・定期演奏会に行ってきました。
当日の指揮者がダニエル・ライスキン。この人はマリス・ヤンソンス、ネーメ・ヤルヴィの教えを受けた人とのこと。現在、スロバキア・フィル首席指揮者を務める人です。
前ステージが、ドホナーニ/交響的小品集、バルトーク/ヴァイオリン協奏曲一番の2曲で、どちらも私が苦手とする現代音楽でした。
後ステージが、チャイコフスキー/交響曲6番「悲愴」
私、若かりし頃の初心時代に夢中になった曲で、久しぶりの生演奏でした。この「悲愴」と言う表題は初演の時にはなかったと言われます。しかし、作曲家の晩年の帝政ロシアの抑圧された時代に弟子たちがその様に名付けた、と言われています。やはり曲から受ける感情は「悲愴」そのものですね。
暫く振りの生演奏、若かりし頃に夢中で聞いた曲、懐かしさから受ける感じは、若き昔と違い、いろいろな思いが交錯しつつ、思うに生演奏の「力」はただものでは無い、多くの思いが交錯し満腹、生音に代えるものは無い、頭をリセットし、生きる力が沸いてくる。
オーディオ事業に携わる者として、再生装置への有り方、より以上の向上を目指すべく、刺激される公演でした。