会長のコラム 099
拙宅試聴室の工事は2月20日から始まりました、その進行が遅れに遅れて、3月の第2週に完成しますと言う大工さんの話に期待しつつ、電気工事を残したところに3/11の東北関東大地震に見舞われ、自宅にいた家内は大工さんと共にこの出来立てのシェルターの様な試聴室に避難し、極めて安全な部屋であることが確認できたと言う事で、チョット目的が違いますが確りした構造の部屋が完成しました。
そして、以降の災害情況は、私も皆さんと同じようにひどい目に会っています。
しかし、我々の受けた被害などは、被災者の事を思うと贅沢な事は言えないのですが、ガソリンの無いこと、計画停電の実施、交通機関の運行制限は当社の死活に関る重要な事件でありました。そんな状況の中で、社員の足を確保するために、私個人で購入したアウディーS5の活躍を期待したのですが、なんとこの車は大飯食らいのくせにガソリンタンクが小さく、この目的には不満を残す結果でありました。
ついでに、車の話をしますと、この車は速度が120K位までだと普段レクサスLS600hに乗っている事もあって、特別に優れた動力特性とは感じませんでしたが、120Kを超えると驚くほどの動力性能を発揮すると同時に、路面への接地感、ステアリングの安定感が抜群に優れた機能を発揮すると言う大変な車である事が分かってきました。今までは、ツールとしか考えなかった車を、小回りの効く小型車に変えたいとの目的で購入したのですから、その目的に対するギャップは大きいものがあります。考えてみるとドイツのアウトバーンを走るために設計された車ですから、当たり前の事で、車社会の文化が違うわけです、その文化を購入したと考えられるし、走行距離が1000kを超えますと機械もの特有のなじみが出てきて、中々良いものだと感じつつあります。これから残り少ない人生をせめて楽しませてもらう事にします。
3月10日つまり地震の前日ですが、フィレンツェ歌劇場の公演目「トスカ」のゲネプロに友人を誘って行ったのですが、ラフな姿のズビンメータの指揮も順調に何事も無く進行し、オペラに酔い13日の本公演を期待しつつルンルン気分で食事をして帰宅しました。そして、翌11日の地震です。それが金曜の午後ですから社員の帰宅ルートや安全も気になりますが、振動も収まり少し安心しての帰宅の途に着いたわけです。翌日12日土曜は神奈川フィルの定期演奏会でした。会場は何も無かったかのごとくに、予定通り今シーズンのマーラーシリーズ最後の公演を無事終り、何時ものすし屋は予約で満員なのでそのまま車で普段より空いた交通情況のなか何不自由なく帰宅しました。そして翌13日日曜がフィレンツェ歌劇場のオペラ「トスカ」の初日公演でした。やはり車で出掛けましたが極めて順調に到着し、駐車場がいつもより極端に空いている、そこにオペラ仲間の高橋さんとばったり会うのですが、普段と変わらない挨拶をして極めて平穏でハッピーなオペラ鑑賞に期待しつつその場を別れました。
さて、翌日月曜の朝目覚めてからが大変です。電車は無い、ガソリンが無い、計画停電と企業を預かる者として地獄が始まる訳で、皆様にとっても大変な3月であったと思います。そして私の3月も大変な3月でありました。
1. コー・ガブリエル・カメダ ヴァイオリンコンサート
2. 神奈川フィル定期演奏会 マーラー交響曲6番
3. フィレンツェ歌劇場日本公演 オペラ「トスカ」
4. 試聴室の完成
5. 馴染みのレストラン「ボンテ」の閉店
1.コー・ガブリエル・カメダ ヴァイオリンコンサート
サントリーホールにて3月5日に行われたコー・カメダのヴァイオリンコンサートに行ってきました。
このコンサートは、田園調布の植村邸にて行なわれる、クラシック音楽を聴く会の会員の方から紹介され、頂いたCDを聞いて大変レベルの高い演奏家とお見受けし、是非コンサートに行きたいとの事で行ったわけです。
コーさんは、日本人の外科医とドイツ人の母の元に産まれ、6歳からヴァイオリンを習い始め、13歳でバーデン・バーデン交響楽団とヴュータンのV協を弾いてデビューしたというから大変な才能の持ち主です。当然の事ながら、数々の国際音楽コンクールに優勝されています。
当日のコンサートプログラムは、前半がグリーグのソナタ2番とサン=サーンスのソナタ1番の大曲2曲でありましたが、ピアノ伴奏の江尻南美さんとのアンサンブルも長時間の演奏にも関らず、大きな乱れも感じさせずに申しぶん無く進行し、私の想い通り大器の実力を披露してくれました。
後半のステージは、小品集でありましてお馴染みのピアソラ/オブリビオン、そして始めて聴くフラウシノ・ヴァレの作品に感動しつつ、極めて後味の良いコンサートでありました。氏の日本での知名度は、有りませんが彼へのサポート体制は見事であり完全な満席でした。
これは、氏の実力からくるファン層に支えられ、そしてドイツ大使館の協賛も得られていることからも、理解出来る事であります。
2.神奈川フィル定期演奏会 マーラー交響曲第6番
今年度最後の定期演奏会で、演目はマーラー交響曲6番、そして常任指揮者の金聖饗が企画するマーラーシリーズの来シーズンへの期待へと続きます。
交響曲第6番は、マーラーの作曲人生の中期に当たる5~7番の3曲と言われています。そしてこの3曲には、マーラーの体験や思想哲学がいろいろな形で具現化されていると謂われ、演奏者による表現の違いがその度に受ける感動の違いが生の演奏に接するたびに思い知らされます。その度毎に、新たな感動を受けるのは私だけではないようです。
CDやレコードでも名演奏と評したものがたくさん出ています。私も数種のソフトを持っていますが、夫々の違いは判別出来るものの、生演奏を聴くたびに新たな感動が生まれると言うほどのことは有りません。これは、パッケージメディアの再生限界なのか、私の鑑賞能力の限界なのか判然としませんが、この思いを持ちつつ再生音楽の質に迫って行くのが私のミッションと思うと、ますますオーディオが楽しくなるし、これからも頑張る糧になるから不思議です。
3.フィレンツェ歌劇場日本公演 オペラ「トスカ」
さて、ゲネプロの後の本番オペラ公演です。席は前から6列目の真ん中でありまして、ゲネプロ公演では立ち入り出来ない席でした。流石にオペラは良い席を選ばなければならないと痛感しました。と言うのは、舞台の見通し、歌手の位置、そしてオーケストラの位置すべてが中心を意識して設定されています。この事が、ゲネプロ公演の制限された席での鑑賞から感じ得たことです。
当日は、ズビンメータも正装であります。それによって観劇する側も構えます。やはりオペラ鑑賞は例えマチネであっても正装する意義を感じました。そして、フィレンツェ歌劇場公演は興奮のるつぼと化し、大災害など無かったかの如くに進行し、興奮冷めやらずして帰宅の途に付くのですが、当日の開演前にズビンメータが被災地のお悔やみを述べて、被災地の方々への後ろめたさも感じつつではありましたが、不思議にこの時は後で知る事になる災害の大きさを認識するに至っていませんで、帰宅の途もいつもより順調な道路事情で、快適に帰宅できました。そして、フィレンツェ歌劇場のこの後の公演は全てキャンセルとなり、チケットの購入済みであったオペラ「運命の力」は観劇することは出来ませんでした。
そして、翌月曜からは前筆のさまであり、これからますます問題の発生が予想され、全ての日本人が試練を受ける予感を感じます。
4.試聴室の完成
リフォーム前の情況ですが、10畳の洋間のフローリングの部屋でした。この部屋にて「縦3チャンネル」のシステムを構築していたのですが、このシステムは昨年のコラム90にて製作のコラムを書き始めて以来旨く行かないままに中断していたものです。その後、その原因が部屋にあるのではないかと疑問を感じ始めて、高橋和正さんに依頼して3ウエイのSPシステムを作ってもらい、フルレンジスピーカーとしてシンプルな構造での再生音を聞くことから始めてみると、やはり低音再生に問題があり、納得のゆくものではありませんでした。
この事から、部屋の特性を疑うよう事になったわけです。そこで、石井伸一郎さんに相談し当社の試聴室と同じ石井式リスニングルームの製作を決断したわけです。
完成し測定してみると中々素晴らしい特性で、高橋和正さん製作のスピーカーシステムも当初の特性通りの良い音で鳴ってくれるようになり、低音不足の原因が部屋にあった事が判明しました。この事を前提にしてこれから「縦3チャンネルシステム」の構築に再度挑戦することになります。
私が試聴室を新調している事を聴いた人達が、早く聞かせろと言うのですが、いまの情況はそれどころでは無いし、そもそもの目的がこの部屋で良い音楽聴くと言う事では有りませんから、皆が期待するような目的の部屋では有りません。私の主旨が理解されず対応に苦慮しています。
石井伸一郎さんの部屋設計には基本形があります。床はコンクリートを介して地面に直接床を張ります。地面に接していない場合はそれに準じた構造つまりリジットな床を備える事にあります。天井と壁の構造は吸音面と反射面で構成され、吸音面の後ろは全ての壁面裏が一つのキャビティーになるような構造となります。そして天井高は部屋の広さによってきまります。
拙宅の場合は、部屋の広さが10畳の1Fですから、天井高は3200ときまります。その天井高を確保するために床を地面まで下げます。そして天井は2Fの床まで上げます。つまり天井板をはがして2F床と兼ねることになります。これによって得られた天井高は3200にやや及ばず3150どまりでありました。
部屋の内寸からスピーカーの位置を設定する事によって部屋の音響特性をシュミレーションする事が出来て、設計段階で既に部屋の特性は決まってしまいます。良い特性を持たせるために縦横高さを如何に確保するかと言う事に施主は苦労するわけで、もしこの段階で希望する特性が得られなければ試聴室の製作は断念しなければなりません。やってみなければ判らないという事はありませんので、失敗の危険度合いは極めて少ないと言えます。
部屋が完成して、音響特性を実測してみるとシュミレーションによって得られた特性にほとんど変わりない測定結果がえられました。そこで、高橋和正さんの製作された3ウエイのフルレンジSPシステムを鳴らしてみると以前には想像の出来なかった低音再生が得られ、設計者の求める良い音で鳴るのには本当に吃驚し、石井伸一郎さんの設計がパーフェクトである事に、改めてその完成度に驚きました。
この部屋を基準にして、永年懸案であった「縦3チャンネルシステム」の疑問点の解消に向けて進むものと期待しております。そして、近い将来に理想的なチャンネル-デバイダーがフェーズメーションから発売される事に期待してください。
5.馴染みのレストラン「ボンテ」の閉店
音楽好きのマスターが経営するレストラン「ボンテ」は以前にもこのコラムで紹介しました。
音楽好きの客が集まることで有名であり、当社のシグネチァシリーズの2A3アンプが設置されていました。この事により、ここで多くの人との出会いが生まれた場所であります。閉店は3月31日でして27日には我々仲間でのお別れ会が催され、東京フィルの主席コントラバス奏者の黒木さんもその内のお一人でありまして、当日はミニコンサートが催されました。黒木さんは、この大きな楽器をまるでチェロのように扱って、そのジャンルの曲を演奏してくれましたが、僅か20人程度の観客で将来を嘱望される黒木さんと言う贅沢な奏者によるコンサートを40分にも渡って演奏され、本当に幸せなひと時でした。
新国立劇場の帰り道には、決まって寄っていたこのレストランも今日でおしまいとなるとマスターの元山さんご苦労様でしたとセンチな気持になってしまい、私にとってかけがえの無い場所の喪失を無念に思う次第でありました。
考えてみると、年をとってくたびれたとのマスターの弁でありますが、昨年来奥様の不治の病の看病疲れの末に、今年の始めに先立たれた事によるものとお察するに、振り返って私の幸せに感謝せざるを得ません。