会長のコラム 144
良い季節になってきました。毎年この季節と共にやってくるのが、新商品のプレゼンと雑誌社の主催する、コンペの賞取運動で、忙しくなります。また、この時期は芸術の秋でもありコンサートの催しが多く、体も忙しくなります。幸いにも、脊柱管狭窄症は先生からそろそろ卒業の時期ですと言われる位に改善し、幸運であります。と言うことで、仕事も忙しい上にコンサートラッシュに加え早速ゴルフが1年ぶりに2回も有って、もう少し平準化を望むものの、全てが季節で回る環境の仕業は致し方ない事であります。一年ぶりのゴルフは、腰痛が再発しないか気使いばかりでしたが、何と言っても寄せ技とパターがまるで駄目、4パットの連続でした、やはりゴルフは難しいのです。
しかし私にとっては、ラウンドを通じてやり終えたことの満足感は何物にも代えがたい喜びでした。
今年の新商品は、プリアンプのCA-1000 です。普段我々はプリアンプ不要論を唱えて、我が社自慢のハイブリッドATTを担いでいます。このATTはパッシブでありながら高入力インピーダンス、低出力インピーダンスですが、出力側にアンプを複数パラに接続されたり、ATTとメインアンプ間を10メートル以上も引き回されたりすると流石に堪えられなくなります。市場の強い要求である「プリアンプによる音作り」を無視し続ける事も出来ず、今年は重い腰を上げて挑戦しました。やるからには、流石「フェーズメーション」と言われる性能を確保しなければなりません。そこで、お家芸の真空管増幅と信号系マッチング・トランスの有効活用がプリアンプ開発の「臍」となる、今まで世に無い方式でチャレンジすることとし、結果として海外商品の上を行く音作りに成功しました。
当社のハイブリットATT、小電力増幅用のトランス、低インピーダンス出力用トランス等は信号系に関わるインピーダンス変換に使用しましたが、ここでのトランス用途はこれ以上に優れたデバイスは存在しません。しかし、トランスの使用に対し世間ではトランス臭いと言って嫌う傾向がありますが決してその様なことは無く、それは、用途に適した理論や設計が適切に行われて居ないが為の原因である事が理解されていません。一般的にトランスメーカーは、使用者の要望毎に商品をそろえることは出来ませんから、精々或る幅を持った仕様に合わせるのが限度でしょう。
我々は、一寸たりとも入出力の条件を逸脱する事無くトランスを設計製作します。この事によって、音質上トランスを意識する事無く、理想的に回路を構築出来ます。と言うことで今年の新商品、プリアンプ「CA-1000」にご期待下さい。
さて、10月の音楽ライフです。10/1に紀尾井ホールにて、パオロ・ファナーレのコンサート。10/2に新国立劇場にてオペラ「パルジファル」、10/16新国立劇場にてオペラ「ドン・ジョバンニ」、10/18八ヶ岳高原音楽堂にて「ジョン・健・ヌッソォ リサイタル」、10/19同じく八ヶ岳高原音楽堂にて「中道 郁代リサイタル」、10/24神奈川フィルの定期、10/25 高輪オペラの会、10/26「ズービン・メータ イスラエル・フィル コンサート」と盛り沢山なもので、腰の調子が良かったので全てに行くことが出来ました。
1. 10月1日 水曜19:00開演で紀尾井ホールにて「パオロ・ファナーレ テノール・リサイタル」に行ってきました。
イタリア人でナポリ生まれのテノール歌手です。この人は、最近めきめきと実力を発揮しているテノール歌手で、音楽評論家の水谷先生と懇意にしている友人の紹介でこのリサイタルを知りました。偶然にも10/16予定の新国立劇場の演目「ドン・ジョバンニ」にドン・オッターヴィオの役で出演が予定されており、私にとっては意義あるコンサートでした。
最初のステージは、この人が得意とするバロック期の名曲からのものでしたが、最後にべッリーニの「私のフィッレ悲しげな姿」ナポリ調の歌曲が演奏され、私好みの曲でしめ括られました。
後半のステージは、モーツアルト、ドニゼッティー、グノーと言った、作曲家のオペラアリアが主体で、流石に歌唱力の素晴らしさが冴えわたり、聴衆の興奮状態が気迫とマッチして迫ってくるものを感じました。アンコールには、プッチーニのアリア「冷たい手」「誰も寝てはならぬ」そして「ナポリ民謡」など、観客を益々興奮のるつぼに追い込んで良く、私は鳥肌の立ち通しで、稀に経験する良いコンサートでした。
2. 10月2日 木曜16:00時開演で新国立劇場にて、ワグナー/オペラ「パルジファル」を観てきました。
指揮が、芸術監督自らのタクトで 飯森 泰次郎、オーケストラが東京フィル。
オーケストラピットは大編成で満杯状態、コンマスが荒井英治、そして知人の首席コントラバス奏者の黒木岩寿がピットインしていました。
新シーズンの初日であり、新音楽監督の飯森泰次郎の初日であります。飯森は本場バイロイト祝祭劇場で研鑽を積んだ、我が国におけるワグナー演奏の第一人者です。当然、事前の期待は大きなもので、私自身も期待に弾むコンサートでした。
前奏曲は、オペラ進行に伴う主題が静かに演奏されますが、この標題が全編に漂うわけで、この部分だけでもこれから始まる壮大なストーリーを彷彿とさせるものです、ワグナー嫌いの方でもこの部分だけでも聞いて貰いたいと思うのです。全編に渡ってこの素晴らしいメロディーが流れ、それこそ、何処を切っても良いメロディーだらけ、金太郎アメさながらなのです。
当日の演奏も良かった。日本のオーケストラ特有のファゴットの音外しも無いスムースな状態で、メロディーが進んでゆきます。キャストの主役クラスの6人のうち日本人は、ティトゥレル(バス)の長谷川顕一人でしたが、このオペラの役柄では仕方無いでしょう。それぞれの役柄で今求められるワグナー歌いの最高処を集めたと思える歌手陣は素晴らしいものでした。
休憩時間を入れて6時間の拘束ですが、幕間と休憩時間の配分は申し分なく、気持ちよく観劇できました。これだけ水準の高い演奏が日本で聞ける事は素晴らしい事であるし、観客を「観客と思わない、人と思わない」と思えるようなバイロイト祝際劇場にわざわざ出かけて行く必要は無いと思います。
バイロイト聖地詣でと思う人が行けば良いのです。だから、私は新国立劇場万歳であり、何時までも健全で有って欲しい。我々観客にとって不満など有り様が無いのです。
然るに、何故玄関前で労組が喚きたてるのか、それなりの理由は有るのでしょうが、芸術における労組は、馴染まないものの典型と思えてなりません。
3. 10月16日 木曜18:30開演で新国立劇場、モーツアルト/オペラ「ドン・ジョバンニ」に行ってきました。
指揮が、ラルフ・ヴァイレルト新国立劇場の常連、27歳でボン歌劇場の音楽監督を務め、現在ドイツ歌劇場を始め世界的に活躍する指揮者で、N響ともコンサートを行っています。オーケストラは東京フィル、コンサートマスターが荒井英治、知人の首席コントラバス奏者の黒木さんはピットインしていませんでした。
キャストは、主役クラスの騎士長に日本人の妻屋が、そしてドンナ・アンナの恋人ドン・オッターヴィオに10/1の紀尾井ホールでのコンサートを行ったパオロ・ファナーレが出演していました。ドンナ・アンナを務めるソプラノのカルメラ・レミージョが素晴らしい歌手でその声量は最近では稀にみるもので、技巧派のパオロ・ファナーレの声量が遅れを取った感じでしたが、何れも群を抜いたレベルの歌手でして、現在世界の一流であり、この旬の歌手同志の競演は滅多に巡り会えません。
また、演出面では、スペインのセビリアが定説であるところをイタリアのヴェネツィアに変えたと言うことで、見慣れたドン・ジョバンニとは少し変わった場面もあり、観客サービスも中々と思いました。
4. 八ヶ岳音楽堂コンサート
10月18日が、ジョン・健・ヌッツオのテノールコンサート。19日が、中道郁代のピアノリサイタル、「ショパンの夕べ」でした。
ジョン・健・ヌッツォは、米国人の父親と日本人の母親、そして、祖父母がイタリア人、育ったのがナポリとの事で、この親子関係はちょっと不可思議ですがそれは良いとして、素晴らしいコンサートでした。特にイタリアオペラのアリアとナポリ民謡では観客を興奮させ、普段は大人しく聴いている私も思はず「ブラボー」を叫ぶ有様で些か恥ずかしかったです。このホールは、座席図を添付しましたが200名弱で満席となる様な小ホールで有りながら、天井が高く、回りの壁環境も素晴らしくその音響は何物にも代えがたい贅沢な空間です。
ステージに向かって全面、左側面、背面はガラスで、薄日の注す開演時から、少しずつ暮れゆく秋の山間の外景が印象となる、この空間でのテノール・リサイタルですから、出演者を裸にしてしまいます。だから、そこから受ける聴衆の興奮度は並みのものでは有りません。
次の日、19日の仲道郁代のコンサートです。この人は、ベートーベン引きとの印象が強くピアノソナタ全曲集は私の愛聴版であります。今回、この優れたホールでジックリとショパンを聞いたのですが、やはりこの人はベートーベン奏者だなーと思わされるのです。
ショパンは、ピアノの詩人と言われる側面と「生き様」を表現し、その凄みを表わした両極の作品があります。今回の仲道のコンサートでは、前半のステージがどちらかと言うとピアノの詩人としての作品で後半のステージがショパンの人生と言うか故国の革命からくる苦悩を表現した作品でした。前半のステージでピアノの詩人と言われる作品を仲道が演奏します。それは、ベートーベン臭を否定することは出来ないものでした、あるいは、これは仲道の心なのかも知れません。このあたりのニュアンスは、このホールだから私にも感知出来たのではないかと思うのです。
後半のステージでのショパン曲の表現は、中道の特色を良く表していました、端的に言うならベートーベン弾きならではと感じるものでしたが、これは私の独断かも知れません。このホールでの演奏は、奏者の心まで見えてしまう気がするのです、その見えかたは、聞く人の感性、人生観、音楽への哲学、などに依って違うのですが、これは、拙い私の感性からの感覚であります。
コンサート終了後は、立食による食事会となります。今回感じたことは、この時の料理が従来よりも格段にグレードアップしたことです。
5. 10月24日金曜19:00開演でみなとみらいホール、神奈川フィル定期演奏会に行ってきました。
前半のステージがエルガー/弦楽セレナーデ、コルンゴルド/ヴァイオリン協奏曲そして、後半のステージがエルガー/交響曲第3番でした。指揮が湯浅卓夫 ヴァイオリンとコンサートマスターが石田康尚。
指揮の湯浅は、東京芸術大学教授の傍ら、現在、最も国際的な活躍が目覚ましい日本人と言われています。ロンドン・フィル、フランス国立管、など世界主要オケへの客演で充実した活動を行っている人です。
前半ステージのエルガーやコルンゴルトの曲は、定期演奏会ででもなければ聞くことの無い曲で、なかなか素晴らしい曲を聞かせて貰いました。ヴァイオリンの独奏者、コンマスの石田の演奏は相変わらずの素晴らしい音色を奏で、会場からも鳴り止まない拍手で、それに応えてのアンコールも素晴らしく、益々熱狂する観客に応えていました。お蔭で、後半のステージは、石田のアンコールの為に大幅におくれて、後半ステージの開演が、20:30を過ぎていました。その後半ステージの曲がエルガー/交響曲3番で、これも定期演奏会ならではの曲でしたが、思いの他に時間が伸びてしまい、私事ながら、次の約束に間に合わなくなるので後半ステージは失礼してしまいました。
6. 10月26日 日曜14:00開演で、ズービン・メータ指揮のイスラエル・フィルのコンサートがサントリーホールにて行われ、行ってきました。
イスラエル交響楽団の歴史は古く、1936年、私の生まれた年ですが、バイオリニストのフロニスラフ・フーベルマンがナチスの大虐殺を予知しユダヤ人音楽家達を説得して、パレスティナに移住させ、78人のオーケストラをテル・アヴィヴに誕生したのが始まりであります。現在の音楽監督であるズービン・メータは、ユージン・オーマンデイーが急病で倒れた1961年に関わり、以来イスラエル・フィルとの間には、長く深い絆が築かれています。
当日の演奏曲目は、最初のステージが、ヴィヴァルディー/合奏協奏曲「調和の霊感」、モーツアルト/交響曲「リンツ」、そして後半のステージが、チャイコフスキー/交響曲第五番でした。チャイコフスキーの交響曲は、多感な若い時期のムラビンスキーの指揮による今で言うサンクト・ペテルブルグ響の演奏がトラウマとしてこびり付いているのですが、やはり、今流の演奏が良いです。それに昔のものは録音が悪くて、これだけ素晴らしい演奏を生で聴くとトラウマなど何処かに飛んで行ってしまいました。
当日の席は、真ん中の前から6列目で最高の席でした。コンサートマスターの顔色もメーターの笑わない笑顔も見える場所です。私NBSのロイヤルシート会員なので、最優先で席が確保されますが、このサントリーホールのこの席は音的には、みなとみらいホールに軍配をあげざるを得ません。狭いホワイエ、しかも小ホールでは別のコンサートも催されていました。あまり気分の良いホールとは思わないのですが、マチネにも関わらず正装した観客が多いのは場所柄でしょうか、みなとみらいホールより一ランク上の催しの様相は、ロケーションのポテンシャルの違いと言う事で締めましょう。
7. 10月25日 土曜正午開演で高輪オペラの会が品川高輪プリンスにて行われ、行ってきました。
この会は、年に3回行われます。そして、今回は初回から25年経ったと言うことで、25周年記念公演でした。開演前に主催者から挨拶があり乾杯となりましたが、オペラの会に相応しくオペラ/椿姫の開幕で歌われる、乾杯の歌を出演者全員で歌う場では、流石に私もこの会の素晴らしさを満喫させて貰いました。
当日の演目は、ヴェルディー/オペラ「トラバトーレ」でした。このオペラは、ヴェルディーの中でも特に私の大好きなものです。この作品のストーリーは一見グロテスクとも思える内容ですが、題名からして「吟遊詩人」と言う優雅な題名がつけられているように、決してグロテスクを感じさせないもので、それはヴェルディーの音楽の素晴らしさに依るものと思っています。オペラを知らない人でも知っているメロディーがある位に優れた音楽であると言う事です。
と言うことで、月末は大物コンサートが連日続くことになりましたが、気候が良いうえに、腰の具合が良い事などで、アッと言う間の10月でした。