Phasemation フェーズメーション

colums会長のコラム

会長のコラム 117

暑い日が続きますがお元気でお過ごしでしょうか。

8月は、永年の懸案であったバイロイト音楽祭に行って来ました。そして、帰国後は気候の良い松本のサイトウキネンフェスティバルに行って来ました。
しかし、なんと言っても、バイロイト音楽祭は、私にとって強烈なインパクトでありましたので、今月のコラム117は、このバイロイト音楽祭への旅に絞って書く事とし、松本サイトウキネンに付いては次号の118にまわす事にします。

今年のバイロイト音楽祭は、「さまよえるオランダ人」、「ローエングリーン」、「タンホイザー」、「トリスタントとイゾルデ」、「パルシファル」、の5演目でした。
この5演目が7月26日から8月27日までの間6回繰り返し公演されます。そして、私は4回目の公演で8月12日から16日に行われ、5夜続けてこの5演目を観劇しました。
今年の呼び物は何と言っても「さまよえるオランダ人」と「タンホイザー」をC.ティーレマンガ振ること、「ローエングリーン」にフォークトが出演すること、そして「オランダ人」の新演出でありました。
バイロイト音楽祭については、事前情報として色々なひとから色々と聞かされていていましたので、私なりに描いていた好奇心からお話する事にします。

バイロイトの中心街 バイロイト・バロックオペラ劇場
祝祭劇場 開場のファンファーレ

バイロイトの町は、この祝祭劇場と今は博物館になっているドイツ最古のバロックオペラ劇場以外にはこれと言う目玉は何も無い小さな町です。
このバロックオペラ劇場を目当てにワグナーは、コジマを連れてここバイロイトを訪れましたが、自分の作品の公演には適さないと言うことで、この町の郊外に自分流の歌劇場を作ったのが事の始まりと言う事です。この町の外れの小高い丘の中腹にこのバイロイト祝祭劇場があります。
昭和30年代に、この小さな町を訪れた先輩から、宿泊に苦労し、当時は民宿が多かった様な事を聞いておりましたが、今では町の中に幾つかの近代的なホテルが有り、劇場を訪れる観客に大きな不便は無いように感じました。
これ等のインフラは、音楽祭に備えたものと思いますが、音楽祭の無いときでも、ワグナーを慕って観光に訪れる客が多いと聞きますから、それなりに商売になっているのでしょう。
私は、この中のアルベナと言うホテルに泊まりました。祝祭劇場までは徒歩にて15分程度で、観劇時にはホテルが用意した大型バスにて劇場間の往復を行います。
終演後の食事もホテルのレストランを予約する事が出来るし、祝祭劇場に付属するレストランで摂ることも出来ますから、ライフ環境は至って手際は良いといえます。
祝祭劇場に付いてお話します。座席表と写真を添付しますので、見にくいかもしれませんが、これにそってお話します。

座席表右側が舞台右の写真は
右下から撮ったものです
舞台右側から見た満席の様子

座席写真の奥は、ロッジェ、その上がバルコン、最上階がガレリア、です。そして、ロッジェ席の手前までが1列から始まり最後列の30列です。座席への着席は、チケットに指定された左右の入り口から入ります。ここにレザースキャナーを持ったチェッカーがいて、そこでチケットのチェックを受けます。
中心に近い座席の人から順に入ります、普通の劇場よりも膝と前の席の背もたれの間が狭いので、奥の人を通すにも直立しなければなりません。そのためと思いますが、開演のファンファーレも15分前、10分前、5分前と3回鳴りまして、奥の人は15分前のファンファーレには座席に着くように入ります。
つまり、長い長い、長いすで向こうの端まで切れ目が無いものをご想像下さい。これは、どう見ても限られたスペースに観客を効率良く詰め込む仕掛けでして、到底、日本の劇場では、消防法違反と言うことで許可が下りないでしょう。
席に観客が埋まると左右の入り口に鍵を掛けます、何故か判りませんが慣れない我々には何か不安を感じます。この鍵ですが、休憩時間中観客は、全て外に出されて鍵が掛けられ入場出来なくなります。開演のファンファーレと同時に鍵を開け、再びチケットのチェックです。
チケットを紛失すると入れてくれないそうです。そのたびに、鍵の「ガッちゃ」と言う音が響きます。雨の酷い日や寒いときはどうするのでしょう。

救急隊の待機所 休憩時間を過ごす観客
休憩時間は1時間と決まっている

この劇場に空調の有無は判りませんが、前の席は舞台方面から冷気らしきものを感じるのですが、後席の高い所では熱気がたまり、空気の鮮度に敏感な私には耐えられない思いをしました。そのせいかどうか、「イゾルデ」の公演中にこの辺りで2人ほど倒れました。
劇場の横に救急隊の待機小屋があり公演中はいつも救急隊員が駐在していますから、倒れる事故は良くある事のようです。「次は自分か」、などと余計な不安に駆られてしまいましたが、その後の公演では幸いにも舞台に近い席が指定されていたので、助かりました。
休憩中に空気の入替えや冷房で冷やすなどの行為は行われていないようで、何のために鍵を掛けるのか換気の意味でも理解に苦しみます。
さて、音響について私見を述べてみたいと思います。客席からオーケストラボックスを覗くことは出来ません、僅かに1点のみ不完全ながら見えましたので、やっと写真をとりました、写真撮影は結構厳しく監視されていますが、折角のバイロイト詣でです。この構造は公表された資料がありますから対比してみて下さい。
私が最初に観劇したのが「オランダ人」でした。私の席は13列でした、ロッジェ迄の列が30列ですから、舞台から大よそ前方1/3程前で中心に近い席でした。序曲が始まるや、正直「何だ!この音は」と思いました。この静かな曲では、出来の悪いスピーカーグリルネットを置いた音が聞こえるではありませんか。
しかし、やがて歌手が歌い始めると、何とその迫力と鮮明度は、今まで多くの歌劇場でも経験した事の無い次元の素晴らしいものでした、オケが歌手に寄り添う様はなんとも表現のしようが無い抜群の聞こえ方であり、聞き手を引き込む魔力を感じます。
そして、オケがフォルテにさしかかってくると、置いてあったスピーカーグリルが何処かにぶっ飛んでしまうではありませんか。これは、どうもオケのボリュームコントロールを考えての仕掛けが、このオケビットの構造ではないかと思うのです。と言うのも、バイオリンの高域部は素晴らしい音を響かせ、ハープの様な独奏楽器が恰もPAを通しているのではないかと思うほどに鮮明に響きいてきます。
その一方で、打楽器群は、流石に普通のオペラハウスとは違う響きでして、ティンパニーはその鋭さの牙を抜かれて「ドン」に近い音、大太鼓も劇場に響き渡ると言うものでは無く、太く鋭く、恰もバイオリン等と音量のバランスをとる様に調整されている様に感じます。よく地底から響く低音と表現する方がおられますが、そうかも知れません。
しかし、これは高調波が成長して音が太くなっていると感じました。
そして、この特殊な音を醸す仕掛けは何かと考えてみるのですが、偶々、舞台の小道具などに反射する光景から、指揮者が見えることがたまにあります。その場合でも、コンサートマスターの姿は見えません、オケは更に下方向に位置しているようです。たぶん歌手とオケ・メンバーからは、より指揮者を良くみえるような仕掛けになっていると想像出来ます。
歌手のいる舞台は、指揮者よりもやや下に位置します、そして客席の最前列に於いても更に下のレベルに舞台が位置します。音は、下から上に昇って行く性質で、歌手の下にオケが位置しますから、演奏過程として歌手が一番良い位置にいると言う事になり、それ以上に観客は良い位置にいると言う事になります。

オーケストラ・ピット 客席両サイド対象にあるキャビティー

この劇場の音創りの仕掛けとして考えられる、もう一つの事があります。座席表を見て下さい、客席の前方の左右に空間があります。一般的な馬蹄形の歌劇場では、この場所がロッジェ席となり貴賓の席となりますが、ここ祝祭劇場では、音響キャビティーとなっています。
このキャビティーが低音の反響を吸収して鋭く太い打楽器及び低音楽器の音を作っていると思うのです。この低音は、「トスカ」や「ビオレッタ」には合いません、こんな形をした劇場は他には無いのではないでしょうか。

今回の5演目の観劇では、夫々違った席での観賞となり、私にとっては大変勉強になりました。結論から言うと、オーケストラの音は後席に行くほどスピーカーグリルの品質が悪くなり、前に行くほど品質が良くなります。
2列目の席での観劇では、オケ、声ともに抜群の鮮度と舞台の熱気の伝わり、スピーカーグリルの存在は有りません。演奏の表現力は尋常ではありませんで、理解し難い演出にも関らず、舞台にグイグイとひきこまれます。
歌手の声は前でも後ろでもその鮮度を落とす事は無い様に感じまして、この点は流石と言うものであります。これでリングなどを観劇したらと思うと、また来なければならないと思う、一種麻薬のようなものを感じ、ワグナーに距離を置きたい私としては、チョト、ヤバイのであります。

祝祭劇場の事前情報として、尻が痛くなるから座布団を用意しろと言うのがありました。
ここの椅子は、長いすと言いましたが、実際はベンチのようなものではなく、左右に繋がった長いパイプに尻の乗る椅子と背もたれが一人分づつ対になって取り付けられたものです。この間隔は、体の大きいドイツ人に合わせた広さで、我々日本人には充分過ぎる間隔です。
尻の当たる部分は薄いクッションに布が掛かったもので、世界一粗末なクッションを備えた椅子といえましょう。しかし、問題は、背もたれの角度に有ります。膝と前席の間隔が狭いから、この背もたれに角度が付けられないと解釈すべきでしょう。普通の椅子に見られる背もたれの角度が殆ど有りませんから、普通に座ると背中がいたくなります。
尻が痛くなる前に背中がたまらなく痛くなります。ですから、座り方を正座の様に背もたれに当たらない様にすれば良いのです。我々日本人は正座が出来るので1時間やそこらは問題ないのですが、腰の弱い外国人は可也苦痛のようです。
大体、彼らは夫々に座布団を持って観劇していますが、実際は座布団よりも背もたれに当てるほうが有効なのです。しかし、それだと前席との間隔が益々狭くなりますから、彼らにとっては問題のようです。此れが、日本人には殆ど問題無いのですね、正座のように背筋を伸ばして背もたれに触れないように腰掛ける事です。腰痛持ちの私などは、返って腰に良い結果をもたらしていたと思います。
この椅子で、私にとっての問題は、足が短いので床に足がとどかない、そのために、粗末な尻掛けに太ももの裏が当たり、この部分が痛くなった事です。それにしても、観劇に長時間を要するワグナーのオペラ専用劇場としては、お粗末としか言いようが有りません。

次に、特に記憶に残る演目に付いてお話致します。悪名高き、ローエングリーンのネズミ演出に付いてです。たまたま、事前に新国立劇場にてオーソドックスな演出によるフオークトの演じる、オペラ「ローエングリーン」を観劇していましたので、このバイロイトの演出が何を求めて表現したかったか、私なりに理解出来たように思います。
このネズミ演出は、愚かな大衆を表現しています。為政者に能力が無いと大衆はこの様になってしまうと言う表われを表現していると感じました。
何か日本の社会に通じる身近なものを感じてしまいます。このオペラは、白鳥の騎士と言うお伽の世界、メルヘンの世界です、元々メルヘンには多分に教育要素を含むのですが、これを大人の世界に出したからと言って、深刻に社会表現とリンクしなくとも良いと思うし、これを見て大人が反省する事は無いでしょう。
メルヘンの世界に置いておき、現実社会と切り離して、オペラと言う総合芸術を創って何が不足なのか、折角の楽しみが大衆の愚かさを見せ付けられたのでは、楽しく有りませんね。

次に新演出によるオペラ「タンホイザー」です。ワグナーのオペラが特殊と言ってもこのタンホイザーは、別格でして我々に馴染みの旋律を各所にて聞く事が出来ます。なぜか劇場のトイレのオバサンが口づさんでいましたから、流石バイロイトでありまして、日本の掃除のオバサンだったら、その違和感たるや想像するにも気持ち悪いです。
だから、ワグネリアンの方達は軽いオペラと言うのでしょうが、これを軽いと言うならモーツアルトは何と言うのでしょう。

タンホイザーの舞台 劇場に隣接するレストラン

開演前から幕が上がったままで、この化学工場の様なところでオペラが進行します。この変な工場をバックに伯爵だとか、巡礼だとか、法王の免罪だとか言っているのですから、我々言葉がわからなくて幸いであったと思います。
歌手、オーケストラ、音響(席が前から2列目の真ん中であった)は、将来に渡って印象に残るもので、出来るだけ舞台は見ないようにしていましたが、何分2列目ですから実に見通しが良く、普通の劇場ですと見上げる様になりますが、ここでは舞台を見下ろす構造で実に気分が良い、その上舞台から新鮮な冷たい空気が流れて来て、とても気分良く観劇出来ました。
この席でリングを見る事が出来れば私もワグネリアンになるべく精進するかも知れません。
もう一つ、「パルシファル」に付いてです。筋書きは大したものではないのですが、宗教、哲学のようなもので、我々キリスト教徒の真髄を知らないものには中々理解が難しいと思います。私はDVDを2本持っており、交互に見て勉強していましたが、当日はどうにも理解が出来ないでいました。
偶々、8月20日にBSプレミアムハイビジョンにて、ノーカットで「最近のバイロイト情報」と称して同じものを実況放送していました、実に良いタイミングでして、それを見てそうだったのかと理解しました。それにしても、現物を見たすぐ後ですからこれ程良いタイミングは有りません。
この演出は初めて見る人には、例えドイツ人でもマニアで無ければ判らないと思います。本来前奏曲の演奏中は、何も無く曲を鑑賞してこれから始まるオペラの雰囲気を味合うものですが、ここでいきなりパルシハァルの生い立ちを演じるのですから、我々に分かる筈は有りません。
この部分は、前奏曲ですから本来オーケストラのみで、歌手の台詞は一切有りません。この前奏曲はワグナーらしいメロディーで私の好きな曲ですが、この部分に気持ちの悪い無言の演技が付くのですから、理解し難いのは当たり前です。
この実況放送ですが、5.1チャンネルの音響とありました。マイクのセッティングは何処なのでしょう。私は、筋書きを理解するのが精一杯でして、音の収録に付いて、自分のメインシステムで未だ確認していませんから、自信のある事は云えないのですが、この劇場の雰囲気と音響をどこまで表現しているか、この検証作業もこれからの楽しみの一つであります。

後記
まだまだ、書き残したことが有りそうで、気がかりですが、思い出したらその都度書くことにしますのでこれでご勘弁下さい。
8月25日と26日は、松本のサイトウキネンフェスティバルに行ってきました。このレポートは8月号の別巻コラム118として記したいと思います。

鈴木信行 :すずき のぶゆき

昭和45年勤務先のアイワ株式会社をスピンアウトして独立。

磁気記録に関る計測機器の製造販売の事業を開始し、その後カーエレクトロニクスの受託設計の事業を始める。

何れの事業も順調に発展したが、会長の永年の思いであった、ハイエンドオーディオの自社ブランドを立ち上げ、現在はカーエレクトロニクスの事業を主とし、協同電子エンジニアリング(株)として運営している。

現在、協同電子エンジニアリング(株)の取締役会長として、趣味のオーディオを健全に発展させたいと真摯に研究し、開発に勤めている。

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