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colums会長のコラム

会長のコラム 042

当コラム42では、イタリアオペラツアー旅行の続きを書くことになっていますが、その間新国立劇場のオペラ「運命の力」の観劇、恒例の高輪会オペラ、そしてイタリア旅行に同行した音楽評論家の加藤浩子氏との食事会などがあって、話題山積です、少し先を急がなければなりません。

タオルミーナに2泊して、旅の疲れを癒した後はベッリーニの生地カターニアに移動します。ここは、パレルモからタオルミーナに移動するとき経由して来たところで、移動には45分程度の近いところです。ベッリーニ博物館やベッリーニゆかりの市内拠点見学のあとホテルで休養し、夜のベッリーニ劇場でのオペラ「ノルマ」観劇に備えます。
ベッリーニ劇場は昨年日本に引越し公演がなされ、私も上野の文化会館で観劇しましたが、ホームグランドでの演奏が如何なるものか、これも、このツアーに参加した目的の一つでした。
この日は、ベッリーニ劇場での本公演の初日で、我々外国人への席の割り当てが殆ど無く、始めから天井桟敷と言う事で了解していました。そんな訳で桟敷席は他の日本人ツアーの人達も入っていて、日本人専用席の様相でした。つくづく、日本人は音楽好きの人が多いと改めて思う次第でした。

桟敷席から見たベッリーニ劇場

生まれて初めての天井桟敷は実に良い経験でした。音楽の専門家がわざわざ天井桟敷に行くと言う事を聞いていましたが、そのことが良くわかりました。と言うのは、実に素晴らしい音響効果なのです、殆どダイレクトトーンしか聞こえてきませんし、しかもその音響エネルギーは凄まじいものです。オーケストラの楽器一つ一つが確り分離され、歌手 の喉の奥が覗けるような感じですが、舞台の視界は悪く、全体が見える席は極一部ではないでしょうか。
当日の公演内容ですが、出演者はもちろん舞台装置までが日本公演そのもの、全く同じでした、と言うことは、日本公演が先で地元が後、つまり日本公演優先だったのです。
公演内容の出来不出来に付いて私には論評出来る力は有りませんが、考えようによっては、何の為にカターニアまで来たのか疑問を感じざるを得ません、ベッリーニの生地で、地元の人達とオペラを観劇したと言う記録にしては、随分高価な出費と言わざるを得ません。反省仕切りです。

ノルマのカーテンコール

翌日は、ゆっくり目に起きて「シラクーサ」観光に行きます。ここ「シラクーサ」はオペラ「カバレリア・ルスティカーナ」の舞台になったところで、原作者の「ヴィッツーニ」の生誕地でもあります。
そこには、教会が在ってその向かいにママの酒場があり、サントッツァの家が在り、そして決闘の場所が在ります。オペラの舞台と全く同じようなロケーションで感慨深いものがありました。

サントッツアの家

シチリアへの観光客は多いのですが、この町にくる観光客は少ないようで、特に日本人となると余計に珍しいのか、嘗ての大戦同盟国のよしみか、大変歓迎され、ママの酒場では地元のお菓子とワインが振舞われ、思い出に残る旅の一こまでした。

サントッツァとローラの家の通り

少し長くなりますが、3月の新国立劇場と高輪会オペラの話に少し触れることにします。新国立劇場は、ベルディー作曲のオペラ「運命の力」です、世界的テノール歌手である「水口 聡」が呼び物でしょう。なかなかの出来で素晴らしかったのですが、東京交響楽団の出だしが何とも弱く細く頼りなくどうなるかと、心配と不満が鬱積しましたが、後半水口さんの気合につられて確りして来たのが印象的でした。(因みに、当日のコンサートマスターは大谷康子ではありませんでした)。
一週間後の高輪会オペラには、この水口さんがオペラ「トーランドット」を歌うのですが、何と幸運にも、当日の私の席が一番前と言う事で、ここで聞いた「誰も寝てはならぬ」では鳥肌が立ちました。この曲を今、日本で生で聞く事が出来る歌手は水口さんが一番ではないでしょうか。

音楽評論家の加藤浩子氏とは、「シラクーサ」のカバレリア・ルスチカーナの原作地を訪れた折に、私が所持しているイタリアオペラ来日時のオペラのビデオ「カバレリア・ルスチカーナ」(コソット、パバロッティー、N響)のダビングがほしいと言われていたので、食事にお誘いしイタリアの旅、新国立劇場の「運命の力」そして、水口さんのオペラコンサートのこと等など、同じ趣味の話は尽きる事なく楽しいもので、至福のときを過ごす機会に恵まれました。

「ロイヤルコンセルトヘボー」でのオペラ「ドンジョバンニー」にアンナ・ネトレプコが出演すると言うので、この公演を含むツアーに参加しようと思ったら、6月の高輪会オペラとイタリアの「スポレート」歌劇場の引越し公演にあたりバッティング、「アントニーノ・シラクーザ」の出演です、これらをキャンセルする訳にはいかないので、今回のアンナ・ネトレプコの公演は残念至極、次回のチャンスを待つ事にします。

鈴木信行 :すずき のぶゆき

昭和45年勤務先のアイワ株式会社をスピンアウトして独立。

磁気記録に関る計測機器の製造販売の事業を開始し、その後カーエレクトロニクスの受託設計の事業を始める。

何れの事業も順調に発展したが、会長の永年の思いであった、ハイエンドオーディオの自社ブランドを立ち上げ、現在はカーエレクトロニクスの事業を主とし、協同電子エンジニアリング(株)として運営している。

現在、協同電子エンジニアリング(株)の取締役会長として、趣味のオーディオを健全に発展させたいと真摯に研究し、開発に勤めている。

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