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colums会長のコラム

会長のコラム 026

新年明けましておめでとう御座います。今年もこのコラム一層励んで続けますので、宜しくご高覧頂きたくお願い致します。

今年の第一回コラム26は、私2005年11月16日から出発したイタリアオペラツアー記上巻として2回に分けて書くことにします。

ツアーは、ヨーロッパを活動の場としてこられたオペラ歌手の岡村喬生氏の引率によるものでした。
ご出身は早稲田大学のグリークラブと言うオペラ界では、異色のキャリアの持ち主。その為か世界的に認められた実力者でありながら、日本での活動の場が今一と言う実力バス歌手です。当社のお客様で、その岡村喬生氏と懇意な方がおられて、この方に誘われ、この岡村喬生氏共々オペラとグルメ三昧のイタリアオペラツアーに行ってまいりました、そのツアー記としてご紹介したいと思います。
旅は、ミラノ、ベローナ、ベネチア、ボローニャ、ローマの順でバスによる移動で各地のオペラ座を巡り歩いてきました。
スタートはミラノスカラ座です。ここではドビュッシー「ペレアスとメリザン」を観劇しました。以前仕事でミラノを訪れたときは残念ながらスカラ座は改修中で、スカラ座博物館のツアーで終わっています。今回は、その憧れのスカラ座でのオペラ観劇ですから期待に大きな胸を膨らませつつ、改装したとは言え日本にはない馬蹄形の劇場形は変わっていないし、その雰囲気には世界の冠たる重さを感じます。
観劇したオペラですが、何と言ってもドビュッシーの作曲ですから、プッチーニやベルディーの面影とは全く異なり、私の知るオペラの範疇を超えた別の出し物、別のジャンルと表現したいぐらいです。そんな事を言うと怒られるかも知れませんが、不詳なる私のオペラ理解力のプアーさも手伝って、精々ドビッシーの音楽に浸るのが精一杯でした。

次の日は、ベローナを経由してベネチアに行きます。ベローナのテアトロ・オリンピコはこの時期オペラ公演は有りませんが、ここに来てみて、以前夏の音楽祭に訪れた時の感激が湧いてきて懐かしく思う傍ら、その時は夜でよく解らなかったことが、昼間に見学すると「そーだったのか」とこの美しいベローナの町が世界有数の音楽祭の場である事を再認識つつ、再び訪れる事にこの上ない幸せを感じたものでした。来年の音楽祭には絶対に来なければとの思いを参加者は一様に持ったと思います。
ベローナを経て、いよいよ、べネチアに入って行きます。べネチアへは、全ての人がバスから船に乗り換えます、この乗り換え場の手際の良さは流石で、揺れるイタリア人のイメージは微塵も感じる事なく無く、ホテル・レジナールに旅装を解くことが出来ました。一休みして早速食事です。岡村さんの教え子チェスキーナさん、世界有数のかの有名な資産家に見初められたあのハープニストが経営する、 300年続いたと言われる「レストラン・クワドリ」に行きます。サンピエトロ広場に面するこのレストランは、殆ど予約が取れないといわれる名門レストランです、私が以前訪れた時は入る事も出来ませんでした。ここでの食事は、岡村さんの心尽くしでイタリア伝統の高級料理です、しかし、高齢なる私には大変ヘビーなものでした。

さて、翌日はいよいよフェニーチェ歌劇場でのオペラ、アレヴィ作曲の「ユダヤ女」です。ご存知、このフェニーチェ歌劇場は極最近日本に引越し公演がなされ、記憶に新しいものがあります。アレヴィはフランスの作曲家で私にはあまり馴染みの無い作曲家ですが、このオペラは当時大変評判良いものだったと文献にあります。しかし、その後は実力のある歌手を揃えなければ公演が難しいと言うことで、マイナーなオペラになってしまったようです。それだけに、内容は素晴らしくフランス人の作曲でありながらイタリアオペラの伝統を踏まえる堂々としたもので、貴重な公演であったと思っています。不死鳥といわれるベネチュアの伝統を背負った貫禄は見事なものでした。
ここで私は新たな経験をします。私の席ですが、第一バイオリンの頭の上の席つまり昔のロイヤル席で自分では絶対に買わないであろう気の進まない座席の位置、日本のオペラ劇場には存在し無い席でした。しかし、演奏が始まってみてビックリしたことに、この席はオーケストラのダイレクトトーンを聞くことができたことです。オーケストラの練習場で味わったあの強烈な音圧を久しぶりに味わった事、そしてここからは、プロンプターの仕草が丸見えで、オーディオマニアとしては至極ご満悦で至福のときを過ごしました。
ベネチアを後にして、ボローニャに移動します。ボローニャは人口50万程度の都市ですが、解剖が始めて行われたと言う大学が有った伝統ある中世の町並みです。日本にも引越し公演が行なわれたコムナーレ歌劇場と言う立派なオペラ劇場での「椿姫」の鑑賞ですが、ここからは次回とさせて下さい。

鈴木信行 :すずき のぶゆき

昭和45年勤務先のアイワ株式会社をスピンアウトして独立。

磁気記録に関る計測機器の製造販売の事業を開始し、その後カーエレクトロニクスの受託設計の事業を始める。

何れの事業も順調に発展したが、会長の永年の思いであった、ハイエンドオーディオの自社ブランドを立ち上げ、現在はカーエレクトロニクスの事業を主とし、協同電子エンジニアリング(株)として運営している。

現在、協同電子エンジニアリング(株)の取締役会長として、趣味のオーディオを健全に発展させたいと真摯に研究し、開発に勤めている。

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